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最近のセラピー


年が明けてから治療院に行っていない。
残念だが今の母にはちょっと遠すぎるのだ。
しかし先生の所に通ったお陰で、
気持ちの立て直しが出来て、
最近は私が母の治療をしている。
先週はドアを開けたらお腹を押さえて床に転がっていた。
1年前の私だったら病院に電話しているかも知れないが、
一瞬頭の中が白くなりはしたものの、
「大丈夫だよ」と声をかけながら施術したらやや痛みも落ち着いた。
鍼灸やマッサージもそこそこ効果はあるが、この場合
誰かが寄り添っている安心感が症状を軽減させたと言えるかな。
とはいえ私がいない時も穏やかに過ごしてもらえないと困るので、
よりよい癒しを模索中。

前回治療院に行ったときに先生に薦められたのが
「ホ・オポノポノ」という、ハワイのセラピー。
病気などをはじめ問題が次々と起こるのは、潜在意識の中にある
「記憶」が再生されて現実の世界に投影されるのが原因であり、
その「記憶」を 潜在意識から消去することで問題を解決に導く、
というものであるが、実行方法は難解でなく
自分に「ありがとう」「ごめんなさい」「許してください」「愛しています」と呼びかけたり、
水を青いガラス瓶に入れて太陽光にさらして飲んだりする。
いかにも南国らしいというか、ハワイの風土とマッチした(行ったことないけど)セラピーだと思う。
今までにも先生には色々と自分を癒す方法を紹介していただいたのだが、
この方法はその日その日を一生懸命生きている今の母にはとても合っている。
もちろん私にもいい。
自分が変われば世界が変わるという内容の本はたくさんあるが、
考え方が変わったお陰で世界が違って見える、というのではなく
自分の記憶を消去(クリーニング)すれば世界情勢までが現実に変化していくという考え方が新鮮だった。
これを私がやっていると例えばガザの人々が平和に暮らせるか、とか突っ込んで考えると正直、疑問だが・・・
もちろん紛争当事者がこういうセラピーをやっていたら違うだろうけれども。
でも外の世界はともかく、少なくとも自分の心は
多少なりとも平和になる。
著書をもっと読んでみようかと思ったが、
インターネットのコミュニティのスレッドなどを見ると
人数が増えるとやはり脱線するというか、
良い事への期待ムードが漂っていて、
前向きなのは良いのだが博士の言う
「欲や期待を捨てて自分をゼロにすること」からは
ぶれていく気がしたので止めた。
浄化グッズも色々売っていて、本を読んだ後だと思わず注文したくなるが、
なんでもほどほどに。
ホ・オポノポノを続けるうちにモノに頼らなくても自然にインスピレーションが
湧いてくるのが理想だというけれど、
これまたインスピレーションとか直感とやらが暴走しているように思われるケースに遭遇しているので、
自分の潜在能力には今後もあまり期待せず、
ひとりで出来る範囲を静かにやろう。
水は水道水でOK、瓶も青ければOK、
あとはひたすら自分に言葉をかけていくだけ、というのは何にせよ、素敵である。

写真: ワインの瓶とミネラルウォーターの瓶でブルー・ソーラー・ウォーター。
    金属製の蓋は駄目というのでラップで蓋してます。


Date: 2009.01.26 Category: 2009年以前のブログ  Comments (0) Trackbacks (0)

すべてがわたしにちょうどいい


久しぶりにママ友達とお茶する機会があって。
それほどストレスは抱えていない日常だと思っていたのだけれど、
その日はいろいろなことをいちいち羨ましく感じてしまい
は~、うちはどうして違うんだろう、とため息をつきながら帰る。
自分にこんなに不満があったのかと驚くくらいきりがなく思いつく。

夜になって突然、母につきそった治療院の待合室でぱらぱら見た本の文字が
頭に浮かぶ。
「すべてがあなたにちょうどいい」
親、伴侶、子供、持っているモノ、今の状況、すべてが
あなたにちょうどいいようにできている。
そんなような内容の本だった。
そうそう、すべてが私にちょうどいいのだと感じられる感性を持たないと
日々の幸せに気づけなくなるのだ。
気をつけなくちゃ。


Date: 2008.12.08 Category: 2009年以前のブログ  Comments (0) Trackbacks (0)

ポニョ

3年ぶりに映画に行って来ました!
結婚前の私の一番の楽しみといえば映画を観ることだったので、
この我慢は長かった(T_T)・・・
色々うるさい夫も、宮崎駿は好きで、チビも3歳、そろそろ大丈夫じゃないの、ってわけで、
幼児でも観られるものといえばもちろん「崖の上のポニョ」。
夫の休みは平日なので今頃の映画館はガラガラ、
館内は数組のカップルと数人の高齢者、子供はうちの子だけでした。
いや~ 期待を裏切らない楽しさでした。
ストーリーがどうのでなくポニョが海の上を宗介を追いかけて走るシーン、
あれだけを観るために映画館に行く価値があると言っても過言ではないと思います。
夫も同意見、そして雑誌「CUT」のインタビューを読んだら渋谷陽一氏も同意見のようで、ちょっと嬉しい。 
前回までのリアルさを突き詰める背景描写ががらっと変わって
今回の自然描写は思いきりが良いというか、
海の水に目玉がついてたりしますが、
今までのジブリも今回のも、みーんな大好きです。
早くDVDが出ないかなー!

ちなみに宗介の、ロウソクを灯して走るブリキのポンポン船のおもちゃ、
あれは私は存在自体知りませんでした。
樟脳で走る小さい船は縁日で買ったことありますが、
最近見かけなくなったなあ。
リアルにおっさんな夫はもちろんよ~く知っていて、子供の頃いくつも持っていたという。
じゃあ、ポニョブームにあやかってヤフオクとかで売ってるんじゃないの、
とチェックしたらありました!
しかも映画で宗介が使ってた同じやつがこの秋発売予定!
値段は4千円!!!高い。
「こんなのじゃなくていいんだ」と夫が700円でヤフオクで買ったところ、
肝腎のポンポンいうはずの金属部分が腐食して
走らなかったのでございます。がーん・・・
ノークレームノーリターンのデッドストック品だから文句も言えません。
しかしもう一回懲りずに同じ所から買おうとしている。やめて~

Date: 2008.09.12 Category: 2009年以前のブログ  Comments (0) Trackbacks (0)

治らないのは自分のせい、なんでしょうけれども納得いかないこと。

先月末、綱島にある某治療院の院長と口論になった。
6月に「すごい先生がいる」と人づてに紹介してもらい、
1ヶ月間母を通わせたのであるが、
7回目の治療を受けた母が、施術中も帰る時もひどい対応をされたと
泣き崩れんばかりの抑うつ状態で帰宅したからである。
具合の悪さもあって他人の言動に過敏な母ではあるが、
少し大袈裟に言っているとしても初回そこに付き添って自分も治療を受けてみた経験から
大体の話は合っていると判断し、
即、その治療院へ抗議の電話をした。
症状が治らないことに対して、ではない。
治療家としての患者への接し方に疑問である。
何しろ治療時間は数分程度であるのにも関わらず3時間待ちもざらというカリスマ治療院、
院長は出てこないかも知れないとも思ったが
電話に出た受付に、
「少々お伺いしたいことがあるのですが、今母が悪化した状態で戻ってきました。
先生にひどいことを言われたようなんですが、
そちらではそういうことがよくあるのでしょうか」
とまくしたてたら
「そうですね」
という返事。
仮にも自分の師匠への苦情に、弁解するでもなくあっさりそうですねと肯定もないもんだと思ったが
会話が苦手な受付らしく、その後沈黙してしまい、
ほどなく院長に交代された。
予想はしていたが、「自分の体をわかろうとしないからです」
とひたすら母の非にされた。
しかし私は自覚症状が改善しないことを問題にして言っているのではない。
治るかどうかはその人次第という部分もあり、
短い時間しか施術しなくてもそれで症状が快方に向かうのは
その人の治癒力にスイッチが入るからで、そのこと自体に疑問はない。
それが上手く行かない場合、患者が施術者の意図していることを理解していないのが理由だと思うならば、
言い方、言葉表現の仕方っていうものがあると思うのだ。
ものわかりの悪い患者だっている。痛みがあって具合が悪ければ尚更だ。
その場で患者に苛立ちをぶつけてどうする。
説明する時間が取れないのならそう言えばいいだけだし
自分の治療院にもう来て欲しくないのならば、
せめて柔らかとはいかないまでも、「ここは貴女には合わないようです」と普通の言い方で断って欲しかった。
お金を払っている背中ごしに
「あんたみたいな人は治せないよ」
と捨て台詞を、2度も吐くべきではない!!!
混乱しつつも「またお世話になることがあるかもしれませんがその節は
よろしくお願いします」と頭を下げた母と目を合わせないようにしたという受付も、その人間性を疑う。
しかしそれを指摘すると、突然院長は鼻息が荒くなり
「そういう意味で言ったのではない」と強い口調になった。
電話口の呼吸の乱れからすると、その言葉には嘘が感じられ
逃げようとしているのがわかったので
さらに抗議しようとしたところで「そんな風には言っていない」に意味の否定から言葉自体への否定に変わった。
途中で変わったので、ああ、本当にそう言ったのだなと確信した。
そして「随分理屈っぽいよ」「あなたもおかしいね」と言ってぶちっと電話を切られた。
あなた「も」である。
私は感情的な人間であるのは自覚しているが、理屈っぽいといわれたのは初めてだ。
これが自分のことだったら、同じ鍼灸師相手にこんな電話はしない。
臨床経験豊富で弟子も何人もいて、毎日何十人もの患者さんをみている治療家に
失礼な電話をするなんて、これからの自分の人生を長い目で見たら
あまりメリットがない。
せいぜい知り合いにちょっと愚痴って、そのうち忘れるだろう。
しかし私はこの3年の生活の多くの時間を母のことに割いてきた。
母を通して学べたことも多い。
今回は目の前で電話することで、
彼女の気持ちを晴らしてやる必要があったのである。
その甲斐あってその後母の気分は回復したが、
私の方にはまだ暗雲が立ち込めている。


<追記>
母の闘病生活にいろいろおせっかいをしたけれど
この治療院に行かせたことだけは今でも本当に後悔している。
2010年の鍼灸ジャーナルNo.17に
会員による研究会紹介という記事で
この院長が主催する「半身症候鍼灸法研究会」の会員達が
治療法を賞賛するトークを展開していた。
あれから2年たっているのに、胸をちくちくと刺される思いだ。
繁盛している治療院だから
こうしてメディアで目にすることはままあることだと
覚悟していたが、やっぱり腹が立ってしまう。
治療と称するならばまず心ありき、でなければならないと思う。
苦しいながらも一読し、
会員の先生方には、いかなる患者が来ようとも
院長が私の母へ行ったような心無い態度は取らないように願ってやまない。
そして私自身がこの事を乗り越えられるように、
いつの日かただの思い出のひとつとして
淡々と語れるようになる日が来ますようにと祈りながら、誌面を閉じた。
Date: 2008.08.01 Category: 2009年以前のブログ  Comments (0) Trackbacks (0)

高級な癒し

「医道の日本」6月号が届きました。
特別レポート「醫の原点に立ち返る鍼の試み」という記事があり、
それってどんな試みなのかとわくわくしながら読んだのですが・・・

内容はどんなものかというと
京都の一流料亭「卯庵」で「鍼の会」という催しがあり、記者がそれをレポートしたもので
「鍼の会」では一流のチェロの演奏と一流の懐石料理、
一流の調度品という環境の中で鍼灸を体験してもらい鍼をポジティブに感じてもらう。
豪華で贅を尽くしたものと比べても見劣りするような文化でないことをわかってもらい、
「治未病」という面をアピールしてむしろ健康な時こそ鍼灸院にきていただきたいという業界の願いを発信する。
醫という言葉に立ち返るならば、その言葉が持つ意味は
リラクゼーションや慰安も含めて無限の広がりがあるということを再認識してもらう。 ・・・

ということが書いてありました。
要約が不適切だったらごめんなさい。
興味がある方は実際にこの記事を読んでみて欲しいです。
この企画の目的は
「?鍼灸を知らない93%の人達に鍼灸を体験してもらうための提案方法の模索 
治未病の実践にあたり、鍼灸を受ける時間が豊かなものであることをわかりやすい形で提案する。
鍼灸は健康な人も受けられると知ってもらうための異業種とのコラボレートによるきっかけ作りだそうです。
私がこの記事を読んで感じたこと。
一言でいえばがっかり、です。
タイトルと記事の内容はこじつけとしか思えない。
一流の文化財や料理と同列の鍼? なんだか違和感。
実際のその鍼治療というのは腹部を中心にごく浅い鍼を数本置鍼して
そのまま午睡してもらう、というやりかたのようですが、それはともかく・・・
参加者は国立博物館の名誉学芸員だの呉服商社の顧問だの、およそ一般的とは言い難い方々。
京懐石をいただきながら、
「それぞれが専門分野を持ち、ささいな会話の断片からいきなり世界規模の歴史・文化の変遷に話題が発展・・・」
その場に同席していたら、その「社会的地位の高い」方々の博学に関心するよりも
専門家同士の自己満足的な話題に辟易しそう。
料亭での食事という場の中でなければ歓迎しますけど。
この会の参加費は一人3万5千円だそうで
確か代官山あたりにある会員制鍼灸サロンの1回の施術料金もそのくらいのがあったし、
料亭へ出向く値段としては高いとは言わないのだろうけれども
でもなんだか!
そういうことを言いたいんじゃなくて!!
「鍼の情報発信としての新しい試み」が「ごく少人数で卯庵の持つ伝統と格式を楽しみつつ、
鍼の上質な時間を味わうという構想になった」というのは
少々安易というか貧相な発想だと思うのは私だけでしょうか。
鍼灸の素晴らしさを伝えるのに一流の調度品だの高級な食事だのというのは必要ないと思うんですよ。
美味しい料理というのはそれだけでリラクゼーション効果があります。
すっぽん雑炊の後に鍼打って昼寝ってどうなの。
そりゃあ高級料亭でお昼食べてチェロの生演奏を聴きながら受けるような治療の後で
鍼灸を悪く言う人はいないでしょうけど、
こういうアピールが鍼灸の啓蒙になるとはとてもとても・・・
上手く書けないのが非常にもどかしいのだけれど、
言ってみれば
「ちょっといい旅館で美味しいご飯を食べて、その後マッサージ師呼んで揉んでもらう」
のと、至福度のレベルはそう変わらないと思うので、
これのどこが「醫の原点に立ち返る鍼の試み」という大仰なタイトルに結びついているのかと。
あ、要するに私はこのタイトルに不満なのね。
原点を問うというならもっと相応しい活動をしている臨床家の方々がいるよと言いたい。
「料亭卯庵とのコラボレーション ― A氏、鍼灸の可能性について語る」
こんな感じのタイトルで良かったんじゃないの?医道の日本編集部殿。


ゴメンナサイ、ちょっと鼻息荒いです。
Date: 2008.06.06 Category: 2009年以前のブログ  Comments (0) Trackbacks (0)
プロフィール

Saori Takano

Author:Saori Takano
「ここに来て良かった!」と心から言っていただける治療室を目指しています。

鍼灸治療は相性も重要、
来院するかどうか迷っている方は
ざっと読んでいただいて相性の参考にしてくださいね。

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